ダジリン島……。
私達が現在住んでいるブリガンと対極に位置する島であり、世界の北西に位置するもう一つの孤島であった。
ブリガンと違うのは全体的に温暖な気候であったため、海域での海賊とのいざこざが多かったという事。
悲しい事に、歴史上恵まれた大地には争いごとは絶えない。
その為、幸か不幸か争いごとに強い一族が必然に王として君臨することになる。
これがダジリン島王家が世界最強の海軍を持つ所以であった。
また、人族の王はダジリン島に住まうエルフ達とも同盟を結んでいた。
理由は現状味方をつけないと、人だけではやっていけないと聡い人族の王は理解していたからだ。
結果その聡いダジリン一族が島を統治した関係で、この島の名前はダジリン島と命名される。
なんでも私達エルフはこのダジリン島の豊かな森林を拠点として暮らしており、無益な殺生はしないとか肉は食べない堅物とか聞いたことがある。
(ちなみに私は生粋の森林育ちでは無いから肉も魚も大好物です)
話をエターナルアザーに変えるが、組織の長はなんとあの伝説のバンパイヤだ。
ちなみにバンパイヤとは吸血鬼やドラキュラという別名もあり、人の生き血をすすりコウモリなどに変身する超強い不死の異形生物の事だ。
走る速さも狼並み、鉄の棒も軽く一ひねりできる怪力を持ち、モンスターヒエラルキーの中でも頂点に近い存在らしい。
ただし、太陽の光や聖なる十字架、聖水更には水に弱く、何故かニンニクも駄目らしい(謎)。
で、このバンパイヤ、何千年という古い歴史の中でこのダジリン王家との戦争に敗北した一族、つまり元は人であったという噂も聞く。
何はともあれ、そのダジリン島から少し離れた更に小さな孤島に【エターナルアザー】の居城はあった。
私がこの居城に連れてこられたのは、さらわれたとも捨てられていたとも聞くが真相は定かでない。
なにしろ私は生みの親を見たことが無いのだから。
ただ、理解出来ていたのはこの組織での生活はそれなりに充実していたという事。
で、周囲はもれなく組織の関係者だし、私が理解しているのは「組織の長の言う事は絶対だ」という事で、「長に気に入られるためには、金銀財宝に対する目利きやそれなりの戦闘能力が必要」だった。
そう、その理由は私達の組織【エターナルアザー】は世界を相手にする怪盗集団だったからだ。
アジトの場所も辺境の地の離れである為か無骨物以外誰も近づいてこないし、そもそもアジト近くは深い霧がでており誰も近づけない仕様にもなっている。
これはまあ、長のバンパイヤ能力の仕業らしいけど。
それに仮に酔狂なバイキングなどが近づいて来ても、バンパイヤ長を始めとする異形の集団がアジトに近づく前にそれらを易々と葬り去ってきた。
話は少し変わるけど、黒い噂ではダジリン王家と【エターナルアザー】は繋がってると言う話を良く聞いた。
実際の話、繋がっているというより長が関係を繋げたというのが正しいだろう。
最強のダジリン王家の海軍がバックにいる最強の異形の長が統治する世界トップクラスの怪盗集団【エターナルアザー】。
裏事情に詳しい裏業界ではそんな認識だった。
そんな中、組織から離脱する術も無く、選択権が無い私は組織で生き抜くしかなかった。
しかも、私は生まれつきエルフとしては欠陥があり魔法が一切使えなかったのだ。
早い話、魔法使いとしてはどうしようもない落ちこぼれで、「もしかしてその関係で私は捨てられたのでは?」と幼心で考えた事もある。
が、嘆いたところで何も変わらないため、私はそれを補填するように女がてら剣の腕を必死になって磨いた。
非力ではあったが代わりに剣技を死ぬほど磨き、結果戦闘能力が鍛え上げられた。
戦闘力とは対照的に、選美眼はたまたま生まれつき持っていたお陰でそこは組織としてはいたく重宝された。
そんなある日15歳になった私は長に呼ばれ、長の部屋に行く。
ダジリン島に隣接した更に小さな小島、【エターナルアザー】のアジト【トランス城】がそこにひっそりと佇んでいた。
島の天然の岸壁を丸ごとそのまま利用しているからか、城というよりは岸壁の天然要塞であった。
そんなトランス城の最上階に長の部屋はある。
岩肌にうちつけられた波音しか聴こえない闇夜に浮かぶ昴と瞬く静かな静かな夜……。
そんな中、まるで闇夜にかかる光のカーテンのような月光を頼りに私は満月夜の回廊を静かに歩いて行く。
長の部屋のドアを静かにノックし、長の「入りなさい」という優し気な声を聞き、安心して私は部屋に入る。
その部屋は不思議な事に月明かりが強い場所だった。
更には紫色に光る硝子細工のランプがその月光と共に明々と不思議な光を放っていた。
その硝子細工のランプはなんでも長のお気に入りのマジックアイテムと聞く。
それらの光を恍惚と浴び、長は真紅の玉座にスラリとした長い脚を組み座り静かに佇んでいた。
身にまとったブルーの燕尾服からも体のラインが分るくらいに引き締まった長身、真っ白いまるで彫像のような肌に、整った端正な顔。
金髪のミディアムヘアが空いた窓のそよ風を受け、まるで金糸のようにふわりとなびくのはとても様になっている。
「調子はどうだいレイシャ?」
まるでルビーのような真紅の瞳で私を見つめ、優しく私に話しかけて来る長。
その声色はとても魅力的で、まるで弦楽器の音色のように私の心に響いて来るようだ。
けど、逆に私はそれがとても恐ろしく感じたのだ。
「ええ、お陰様で楽しくやれてますよ長」
だからこそ私は流暢なお辞儀をし、当たり障りのない言葉を選ぶ。
「はは、君は聡いな。だが、それがいい……」
「は、ありがとうございます」
幸い長は私のことを気に入っているようだし、だからかとても優しい。
が、なにしろこの組織の長である。
だから、最低限の礼は尽くすべきと私は考えているのだ。
「まあ、気を楽にして聞きなさい。今日レイシャがここに呼ばれた理由は分るね?」
「はい15歳になった今日、組織の最終試験を長から聞くためです」
「そうだね。では試験を早速始めようか……」
「は、はい……」
私は緊張しながら長に返事をする。
私が緊張しているもう一つの理由……。
それは、最終試験の内容は誰からも聞かされていないためだ。
というのも最低限の知識として組織の知人達から聞いていたのは「試験内容は長から直接だされ内容は個人ごとに違う」という事だ。
そして、この試験に落ちた者はその後誰もその姿を見たことが無いと聞く。
なにしろ長は最強のモンスターの一角としても名高いバンパイヤであるし、幹部クラスの全員もほぼ同格の異形の猛者達だ。
試験に落ちた者がどうなったかは容易に想像出来るというもの。
だからこそ私はそうなりたくないが為に緊張していた。
「なに、緊張しなくていい。何故なら君は試験のほとんどの条件をクリアしてるからだ」
「えっ?」
「ふむ、詳しく説明させてもらうとだな。この組織で怪盗組織の一員としてなにかしろの技術を一人前に習得出来ていれば第一条件はクリアなんだ」
「は、ありがとうございます」
私はその長の言葉に少し緊張がほぐれ、安堵する。
「君の場合、魔法の才能は全く無かったものの、その生まれつきの美貌と選美眼が元々あった。更には私から受けた剣技を磨き、独自の技へと昇華させた」
私は長が決してお世辞を述べる人でない事を知っている為、その言葉を黙って吟味して聞いていく。
「一言で言うと、私は君を組織の誰よりも高く買っているんだ。だから君の場合はこの組織の一員というより、幹部候補としての試験を出そうと思うんだよね」
「……え?」
私は長のその言葉を聞き、驚きのあまり目を大きく見開いてしまう。
というのも、まさか自分が幹部候補として選ばれているとは思ってもいなかったからだ。
正直私の生涯プランは組織の試験をなんとか合格し、後はほとぼりが良いとこで組織からなんとか抜ける気でいた。
理由としては、怪盗というリスキーな組織当たれば裕福でいられるかもしれないがやはり世間では俗という認識。
しかも失敗すれば間違いなく死がつきまとうし、私の親しい同志たちも実際何人か亡くなった……。
組織以外の環境に置かれていない私も何が真っ当かと言われると困る。
でもこれだけは言えるが、いつぞやの任務で辺境の田舎に行ったことがあった。
広大な平野にのんびりと歩いている羊と羊飼いたち。
「私もこんな生活が可能ならば……」と、その時からスローライフ生活に憧れを抱いてはいた。
が、幹部となるとまた少し話は変わって来る。
理由は幹部特権が与えられ、組織を変革出来るから。
つまりある程度自由は効くし、この世界的怪盗組織を意のままに動かせるのだ。
勿論、超常的な力を持つ長の元でにはなるけどね。
(どうせならイチかバチか組織を自分の手で変えてみるのもアリかもね!)
この時、私の腹は決まった。
長はそんな私の考えをまるで理解しているかのように、私に向かって満足そうに微笑みゆっくりと頷いている。
「どうするレイシャ?」
「勿論喜んで引き受けるわ」
「そうか、君ならそういうと思っていたよ! では試験を始めよう!」
「は! お願いします!」
私は再び少し緊張しながら返事をする。
「そんなに緊張しなくていい。すぐ終わる……」
「え……?」
長は真紅の玉座からゆっくりと立ち上がり、こちらに向かって優雅に歩み寄って来る。
「……あ、あの? 一体何を?」
「レイシャ、君は永遠の命に興味はないか?」
「えっ⁈」
長の言っている意味は分からなかったが、何故か危機感を感じ私は少し後ずさる。
が、その時、驚いた事に何者かに肩を掴まれる!
(こ、この部屋には誰もいなかったはず? それに私に気配を感じられずに近づける者が長以外にいるなんて……)
自慢じゃないが私は人の気配の察知は得意だった。
だからこそ、今までなんとか怪盗をやり続け生き残る事が出来たのだから。
そして、私は気が付いてしまう。
(肩を掴んでいる手が……冷たい……⁈)
そう、明らかに人の手ではない。
「レイシャ、君が今感じた通り君の肩を掴んでいる者は私の忠実な僕だよ……」
私はその長の一言で私の肩を掴んでいる者の正体を察してしまった……。
更には試験で行方不明になった者の末路も。
その冷たき手の主にはこの城内で何回か見た事あるものも、いた……。
そして、これから私がどんな目に合うかも……。
「や、やめて下さいっ……!」
私は身を震わせ首を横に振り、長に必死で懇願する!
その為か月明かりを受けた私の銀髪は激しく揺れる。
「怖がらなくていい……。なあに、すぐ済む……」
「い、いや! わ、私はエルフである事を捨てたくないの!」
(それに何よりも、太陽の元を歩けないのは嫌! 海でのバカンスも出来なくなるのは……)
「もう遅い! 君は幹部試験を受ける事を常任した! これは君と私の契約なのだよ、レイシャ!」
「あ、ああっ……!」
自身の首元に凄まじい激痛と熱い何かが流れ落ち、意識が次第に遠のいていくのを感じ取る私……。
私はこの時痛みと共に思い知ったのだ、いくら優しく感じていても長は人外のバンパイヤ。
人やエルフの常識は一切通用しないし、バンパイヤ独特の価値観を持っているのだと。
それに高位のバンパイヤは不思議な魔法やスキルがあると聞いたことがある。
そう、例えば「人の思考が読める」とか……。
今覚えば、当時の私の考えは長に筒抜けだったし、さぞかし扱いやすかっただろう。
こうして私の悲鳴とも懇願ともとれる声が月夜の城内に静かに響いていく……。
……そんなこんなで数か月がたったある日、ここはイハールの屋敷のとある作業部屋。 あきらかに私の作業部屋よりも広くいろんな道具が揃っているこの場所は、今では私達の新しい作業部屋になっていた。 木目の作業机の上には片手ハンマーやピンセント、宝石や魔石を研磨する道具などが置かれているのが散見される。「クロウ、これどう?」「うーん、形はいいですけどあまり魔力は含まれてませんね……。明らかに2級品の魔石です」 クロウは残念と言わんばかりに深いため息をつく。「うーん、じゃ、次これは?」 作業エプロンを着た私とクロウは仲良く横並びに座り、魔石の仕分け作業を黙々とこなしている最中だったりする。「失礼します!」「嬢ちゃん達帰ったぞい!」 そんな最中、部屋に響き渡るはドアを開けし、聞き慣れし2名の声!「待ってました!」「2人ともいいの取れました?」「ほっほっほ!」「ふふ……」 不敵な笑いを浮かべながら、背に背負っていた大きめのリュックをえいやっと地面におろす小次狼さんとドラグネオン。「ほれ! どうじゃ!」 小次狼さん達がリユックから取り出した握りこぶし大の魔石の原石達。 形は歪であるものの、それはまるで太陽の如く真っ赤に輝いていたのだ!「な、なんて、す、凄い量のマナ……!」 クロウは感激のあまり思わず席を立ちあがり、目を輝かせている模様。「立派なもんじゃろ? それらはドラグネオン殿が全て探知してくれたものなんじゃよ」「へ、へえええ……?」 私は真紅に輝くそれらを値踏みしながら、どんな細工品にしようか頭を巡らせていた。「そっか、ドラグネオンは雷のマナの扱いにに長けているから! 体力もありますし、一流の採掘屋として活躍できてるじゃないですか! 凄いです!」「そ、そうなのだが私
……という事で、それから数時間後。 ここは例のブリガンの肉料理屋さん。「いやあ、あの時の小次狼殿の刀技は見事でしたな……」「いやいや、ドラグネオン殿の剣技こそ見事なものでしたぞ!」 それぞれ服装を整えた私達は、各自好物の肉を美味しくいただきながら木椅子に腰かけ、談話していた。「まあ、なにはともあれめでたしよね……」「そうじゃな」「ですね……」「うむ」 私達は各自ビールを飲み干し、そっとテーブルにマグカップ置く。「あっ! ところでイハールさんの件は?」「ああ、それはイミテーションブルーが次の満月に『魂の入れ替えの儀式』がレクチャーしてくれるらいよ?」「な、なるほど! 例の隠し部屋の本にもそれらしきものが色々ありましたね!」 クロウは満面の笑みを浮かべ、コクコクと頷いてますが……。「クロウ、やはり貴方……」「……え、ち、違いますよ? そ、そんなんじゃないんですって!」 クロウはその可愛らしい顔を赤み肉より真っ赤にし、目を躍らせ慌てふためいているが……。(なんというかその、分かりやすいよね……) クロウの場合、仕事でも繋がりが深かったし色々惹かれるところがあったんでしょう。「……ね、ね! クロウは青年のどんなところに惹かれたの?」 私はクロウの顔を覗き込き、すっかり赤くなっているその頬をツンツンとつついてみる。「ち、ちがっ! あ、そ、それよりもリッチー=アガンドラがいなくなった今、組織はどうしましょうか?」「え? そりゃ、私はもう関係者ではないんだし、貴方達上位幹部が好きに決めたらいいんじゃない?」「……そうはいかない。と
「う、うわあああああああああああああ……! い、嫌だっ! 我はまだ死っ……」 リッチー=アガンドラはあっという間に燃え上がり、たまらず絶叫を上げのたうちまわっていますが……?「え、ええっ! ち、ちょっと本当に大丈夫なのこれ?」 そんな私の心配をよそに、紅蓮の炎が消えてなくなったそこには仰向けに倒れているブラッド青年の姿が見えた。『な、大丈夫だろ? ユグドラのマナがフェニックスの力を借りてリッチー=アガンドラの魂を浄化しただけだしな』 なるほど、確かに何故か青年の服は燃えていないし、これには納得せざるを得ない。(それはそうとして、問題はここからどうやって逃げ出すかよね……) というのも、リッチー=アガンドラを滅した事により、奴の作り出した虚実空間から現実世界に戻ってこれたのはいい。 けど問題はここがエターナルアザーの本物の訓練部屋であるという事実。 早い話、奴の部下が大量にいるだろうし、まだ油断が出来ない状態であるからだ。『なあに大丈夫、今の君なら私を通してまだ魔法が使える状態にある。それがどういう事が聡い君なら分るよね?』『あっ! なるほど……!』 て事で、謎の力が満ちている私はブラッド青年を軽く背負う。『じゃ、後の詠唱はお願いね!』『心得た』 再び私の体を借りたイミテーションブルーはレッドニードルに残ったマナを使用し、高速詠唱テレポートを唱え、あっという間にブラッド青年の部屋に無事舞い戻る事になる。「あ、きたきた! やっぱり無事でしたね!」 意識と視界が戻ると同時に、聞き慣れた元気な声が正面から聞こえてくる。 彼女は人懐っこいワン公のような笑みを浮かべ、私に向かって歩んできた。 大きな垂れ目に流れるような黒毛、うん、間違いなくクロウだろう。「ふむ、流石嬢ちゃんとと言いたいとこじゃが、儂の方が早かったの?」
『これで色んな準備は整った。後は私が言う通りにするんだレイシャ』『え、私が?』『そう、これでまたレッドニードルに血液を捧げれるだろ?』 『……あ、ああ、なるほど!』 そんな会話をしている間にリッチー=アガンドラはなにやら高速詠唱を唱えているが?「う、ううっ! な、何故だっ! 何故私の呪文が発動しない? ま、まさか? 今の血を吸ったのは……」「ご名答、なんせお前は転移魔法が使えるからな。血を吸うついでに少しマナの回路をいじって呪文の発動を封印させてもらった!」「く、くそっ! くそおおおっ!」 悔しさのあまりリッチー=アガンドラは己の両手の拳を力強く握りしめ、声を張り上げ叫ぶ!(あ、そっか! 奴に逃げられたらブラッド青年の体を取り戻せないもんね) 流石長、一手で相手の複数の行動を制限し、かつこちらに凄い有利な状況を作ったし、やる事が凄い。 で、体の主導権が私に戻ってきたので、早速だけど早々に決めさせていただく!「私の血を吸いなさいレッドニードル!」 私の言葉に反応し、胸元のペンダントは真紅の輝きを放つ! で、いつものように手に持っていたレッドニードルの柄の部分から、まるでバラのツタのようなものが発生し、それらは蠢きながら私の腕に巻き付いていく!「つ……!」 分かってはいるけど相変わらずこの感触と痛みには慣れない。 『で、ここからどうするの長?』『これで君が呪文を使える状況は整った! 後は私の言葉を追って呪文を詠唱してくれ!』『うん、分ったわ!』『聖なる大樹よ。我が声に応え、そのマナをこのレッドニードルに納めたまえ!』 私はレッドニードルを自身の胸元にそっと携え、イミテーションブルーの後追い詠唱を始める。 「聖なる大樹よ。我が声に応え、そのマナをこのレッドニードルに納めたまえ!」 すると私の声に応え、不思議な事にレッドニードルの刀身が鈍
「クククク、どうやら術が完成したようだ。どうやらこの勝負、私の勝利のようだ! さらばだレイシャ!」 リッチー=アガンドラは不敵な笑みを浮かべ高笑いをしている。「いでよ絶対零度の支配者にして、氷の女王よ! そなたの力を持ってして我が敵を氷塊と化せ!」 リッチー=アガンドラの額のサークレットから力ある言葉が放たれ、私の目の前に全身氷のマナで覆われた『氷の女王』が顕現する! 見た目は透き通った華麗な氷の貴婦人……。 だが、それはまごうことなき死の代弁者。 その氷の女王は残酷なまでの冷笑を浮かべ、私に向かって静々と歩き静かに『死の息吹』を吹きかけたのだ……。(さ、寒い! いや、そんな感覚すらも生ぬるいこの冷たさ……) 私は遠くなっていく意識の中で、咄嗟に例のメモ紙を懐から取り出し静かに握りしめる!「……ふふ、ふふははは! レイシャよ! 流石に絶対零度の死の息吹の前ではなすすべなしであろう!」 リッチー=アガンドラの嘲笑が響き渡る中、パキリ……と何かが壊れる生々しい音が私には聞こえた気がした。「……ははは、は、はあっ?」 リッチー=アガンドラの嘲笑はピタリと止み、今度は目を大きく見開き驚いている模様。 そう、奴が驚くのも無理もない。 私は肌の表皮が少し凍っただけで、ほほ無傷の状態で何事も無いように立っていたからだ。「ば、ばかな? 何故、何故我の最高の氷魔法を食らってお前は無事でいられるんだ? 貴様っ!」「……それはこれのおかげ」 私は手に持っていたメモ紙を開き、奴にそれを見せる。「女神の姿を形どった銀の指輪っ! しかも虹色の魔石が埋まっているだとっ! ま、まさかそれは……?」「そのまさか、超希少アイテム『身代わりの女神の指輪』よ……
「ふふ、これで良しと……」 よく見ると額に青い魔石のサークレットを身に着けている。 リッチー=アガンドラは無駄を嫌う冷静な軍師タイプ。 だからこの行動にも絶対に意味はあるはず!『長ッ、ちょっとあれは何?』『まずいな……。あれはリッチー=アガンドラの隠し玉の1つ、「零口のサークレット」だ』『ええっ! ど、どんなアイテムなの?』『結論から言うと、呪文を2つ同時詠唱出来るようになる壊れアイテムだ。詳しく説明すると、もう1つの意思を持ったリッチー=アガンドラの口が出来たわけだ』 『ええっ! で、でもそんな神アイテムがあるなら何故はやく使わなかったんだろう?』『あれは希少な消耗アイテムで、奴のお気に入りのコレクションなのだ。あれを使わせたという事はレイシャが奴を追い詰めている証拠さ』『なるほど、ポジティブ思考でいくとそうなるわね! じゃ、そうとわかればトドメを差しにいかないとね!』 私は再び呪文を詠唱していくリッチー=アガンドラに向かって、容赦ない斬撃を繰り出す! ……なるほど、リッチー=アガンドラの周囲を覆う水色に光る魔法防御壁が次第に薄くなってきている!「もう貴方の魔力も尽き欠けているわ! 観念しなさい! リッチー=アガンドラっ!」「く、ぐうっ! 魔法の完成はまだかっ!」 声からもリッチー=アガンドラが狼狽えているのが分る。(そっか、オートで自立して魔法を唱えるアイテムだからリッチー=アガンドラ自体もいつ何の魔法が完成するかわかんないんだ! それに本体は魔法防御で手いっぱいなのかも) となれば、今が絶好の機会っ!「も、燃えよ! レッドニードルっ!」 私はふらつきながらも気合を入れ高らかに叫び、力強くレッドニードルを握りリッチー=アガンドラに斬りかかっていく!(……よくよく考えると、このレッドニードルって不思議よね。そしてこの刀身に宿る炎のエネルギーって、